2011年10月01日

違う方向から函館を望む

函館山と並んで、もう1つの函館の観光スポットといえば、
何と言っても五稜郭だろう。

そもそも、日米和親条約の締結によって、
箱館港の開港によって、防衛力の強化を図るために設けたのが五稜郭。
相手が攻めてきたときに、どのような形ならば一番守ることが出来るか…
その答えが、五稜郭のような星型なのだろう。

この星型を、近くにそびえる五稜郭タワーから眺めると、
「なるほど…」とうなずけてしまうのだ。
きれいな星型をした城郭に驚かされる。

そして、五稜郭タワーからは前日登った函館山も見える。

五稜郭タワーから1.jpg

つまり、違う角度から函館市内を見ることができるのだ。
そして、気候が良ければ青森県の下北半島も見える。

五稜郭タワーから2.jpg

うっすら見えているのが下北半島だ。
おそらく、「恐山」なのだろう。
イタコの呼ぶ声までは北海道には届かないが、
いかにも届きそうなほど荘厳な感じが…しなくもない。

これで何か函館を満喫したような気がして、
五稜郭タワーから降りると、あの新撰組で御馴染みの土方歳三だ。
1868年に五稜郭を占拠した土方歳三である。

土方歳三.jpg

…といっても、日本史はまるで疎い私。
「土方歳三って日本史の授業にはあまり大々的に取り上げられなかったぞ」なんて思いながら、
内心、「名前は知ってるけど、何をした人だ??」と思う始末。
ホント、私は日本史は苦手なのです。
土方様のファンの方、お許しください…。


これで、函館旅行…いや違う!!
「函館オーシャンスタジアム」の球場行脚は全日程を終了した。

…と、待てよ。
一つ大事なことを忘れているではないか。

そう、それは函館ラーメンを食べるということ。
やっぱり、函館ラーメンを食べなければ、帰れないんだよ!

というわけで、私は函館ラーメンを無事に食べ、
空港で買った「白い恋人」を片手に大阪へと帰ったのでした。


ついに食べた!函館ラーメン

2011年09月17日

ようやく目的地へ…そしてあの名所へ

函館オーシャンスタジアムに着いた私。

この球場行脚というものを始めてから、この年で3年目だったろうか。
それまでもいろんな球場に行ったのだが、
さすがに北海道まで来ると、

「球場だけのために、こんなところまで来たのか…」と
何となく複雑な気持ちになるものだ。

でも、それまできれいな夜景を見て、
美味しい海鮮丼も食べて、それで満足してしまって、
球場行脚がオマケみたいな気分になってくる。

「それでも球場寅さんか!?」と自分を奮い立たせて、
実際に球場に足を運ぶと、やっぱり気分が高まってくるものだ。
これが球場寅さんということなのだろう。

外野から内野方向を撮影.jpg

球場の周りを一周。
撮影ポイントを探すためだが、たまたま球場が開いていたので、
少しお邪魔してみることにした。

今では北海道日本ハムが年に1〜2試合の公式戦を行っているが、
照明塔がないために、ナイターは出来ない。
北海道は旭川や帯広など、プロ野球公式戦が行われる球場も多いが、
実際のところ、ナイターが出来るのは札幌ドームだけだ。

だから、現在のプロ野球で、
照明塔のない球場での公式戦は非常に珍しい存在でもある。

それにしても、グラウンド内に入ると、
その空間の広さがすごく気持ちがいいものだ。
天然芝の感触、そして良い天気…函館の空気も美味しい。

球場の細部にわたる特徴は、
「週刊カープ評論」内の全国球場行脚、
「函館オーシャンスタジアム」編で掲載しているので、
お時間があれば、そちらも合わせて読んでいただければと思います。

ちなみに外野方向を撮影したのがこちら。

外野方向を撮影.jpg

照明塔がないと、さえぎるものがない。
だから、空間的な広さを感じるという点では新鮮な気持ちになる。


一通りの球場撮影を終えた私は、
まだ飛行機の出発まで時間があったことから、
ここから歩けば20分くらいのところに
かの有名な五稜郭があるので、そちらに向かってみることにした。

この球場行脚のために下りた「千代台」の電停から、
2つ目の電停に「五稜郭公園前」がある。
この電停辺りが函館で一番の繁華街であろう。

路面電車はここで右へと曲がり、湯の川温泉へと向かうが、
五稜郭へはまっすぐ直進する。
ずっとまっすぐ歩いていると、特徴的なタワーが見えてくる。
それが五稜郭タワーだ。

ここからあの五稜郭が一望できるというので、
早速、登ってみることにした。
そして一枚、パシャリ。

五稜郭.jpg


この旅の12年前・・・

2011年09月10日

いざ、函館オーシャンスタジアムへ

函館ラーメンはまだ食べていないが、
ひとまず、函館朝市での海鮮丼を力にして、
これから本当の目的「函館オーシャンスタジアム」へ向かうとしよう。

正直、ここまでの函館への旅は、
海鮮丼、夜景、さらには赤レンガ倉庫などなど…
函館という街を満喫するだけで、
球場行脚という本当の目的を忘れていた。

これじゃ、「球場寅さん」ではなく、
ただの「寅さん」ではないか…。


函館朝市での海鮮丼をお腹にたっぷりと入れ、
朝から北海の海の幸を堪能して、
いざ、「函館オーシャンスタジアム」へ向かう。

函館駅前の電停から市電に乗り、
しばらく揺られていると、「千代台」の電停に到着した。
今回の函館オーシャンスタジアムの最寄電停である。


千代台電停.jpg

昔ながらの路面電車に別れを告げ、
電停のホームに降り立ち、
信号を確認して、対岸の歩道へと降り立った。

そこはもう「函館オーシャンスタジアム」が目の前なのだ。
すでに敷地内に入っており、
今回目指した「函館オーシャンスタジアム」が
すぐ目の前にあるが、全容はまだ見えない。

その前に、こんな銅像を見つけた。

久慈次郎.jpg

「久慈次郎」という人物の銅像らしい。
私は誰の銅像なのか、さっぱり分からなかった。

しかし、自宅に帰ってから、この人の詳細を調べてみると、
出身は盛岡ではあるが、函館に本社を置く函館水電に入社し、
函館大洋倶楽部で野球を行うことになりました。

1934年にはあの巨人・沢村栄治投手とバッテリーを組み、
大リーグの選抜チームと対戦し、好ゲームを繰り広げたそうです。

しかし、1939年に選手兼任監督として臨んだ試合で、
ファーストの守備でスタメン出場をしていたところ、
捕手からの牽制球がこめかみに当たり、
そのまま頭蓋骨損傷で亡くなったそうです。

グラウンドで、命を絶ってしまった。
野球選手としては今も銅像として言い伝えられていますが、
果たして、本人としてはどうだったのか。
まさかのプレーであの世へ逝ってしまうわけですから…。


そのときは、久慈次郎という人物を知ることもなく、
とりあえず球場の周囲を歩くと、ついに正面玄関へとたどり着いた。

函館オーシャンスタジアム正面.jpg

ようやく、「函館オーシャンスタジアム」にたどり着きました。
ここからが「球場寅さん」の登場です!

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